アリストテレスは『ニコマコス倫理学』で、卓越(ἀρετή)とは一度の行為ではなく、 反復によって身体に刻み込まれた状態——ἕξις であると書いた。 ラテン語はこれを habitus と訳し、やがて「習慣」という語になった。
二千四百年を経て、我々はこの古い命題を工学の問題として扱っている。 人が明日もまた手を伸ばすかどうかは、意志の強度ではなく、系の設計に従属する。 設計対象は、意志ではない。構造である。
人間が一日で変えられる量は、観測できないほど小さい。 しかしその微小量は加算ではなく累乗として働くため、三百六十五回の反復ののち、 二つの軌道のあいだには桁違いの距離が生じる。 我々が設計しているのは、この指数の底である。
意志は、朝ごとに尽きる。
構造だけが、翌日も残る。
我々が置いているのは、構造のほうだ。